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パイが増えることの光と影 

最近の友人との話題で。
mixiに自由に日記を書けなくなったという話が話題に上りました。

確かに、最近は猫も杓子もSNSといえばmixi。

おそらく高校の友人くらいまでなら、ほぼ高確率で居る気がします。
会社の人なら(SEの会社だし)、3~4人に一人くらいの割でごろごろ居たりしそう。
さらにmixiでつながろうものなら、うかつに会社の愚痴とか書けなくなったりしてしまいます(笑)。

とはいえ実際、友達だからと誰も彼もをマイミク登録してるうちに、なんとなく、ちょっと窮屈なものになってきてるのかもしれません。
友達全員が全員、何でもかんでも話せるわけではないのですから。

まぁ、すっかり有名になったし、仕方のない話なのかもしれないけれど。
ただ、それで本当は書きたいことがあっても書かなかったりするのはちょっと残念だと思います。

僕個人としてはmixiができる前から、サイトを作ったりとかしてたクチだからなのかもしれないけど、インターネットは自由にものを発信する場のように思ってきました。
そこには、ある種の「匿名性」のようなものもあったし、誰かの何かに対する愚痴があったところで、なんだかんだでフィクション的なもので見ていたような気がします。

そして、翻ってmixi。
顔の見えるネットワークを謳うだけあって、かなりはっきりと個人というものが特定できるでしょう。
ところがそれが仇になって、仮に何らかの愚痴でも発しようものなら、それが何・誰をターゲットにしたものなのかが、当事者には知らせたくないのにわかってしまうことも起こりうるわけで。
すべての話題が、よい意味ばかりでなく悪い意味でも生々しくなって見えるときもあります。

顔の見えることで、悪いことはできなくなったのかもしれないけど、誰に対しても悪口は言わない聖人君子的な面も要求されつつあるのかもしれません。

もっともそんなことを書く場ではないと言ってしまえばそれまででしょうが、だからといって口当たりのいい話題だけをさらって公開するというのも、当初あった(ような気がする)友人の新しい面を発見という面白みにややかけてしまうかなぁ、なんて思ってしまいます。

本来は自由にものを言うことを提供していたはずの場で、見るかもしれない人の顔色をうかがいながら何かを言う。
なんだか本末転倒な気がしてしまうのは僕だけなのでしょうかね。

ええと、ものすごく批判的な論調なのですけど、いちおうフォローめいた文章を続きに。

僕自身、mixiには日記をよく書いています。
で、かつてどうしても耐えられないことがあって、具体名は書かなかったけど、相当きつい言葉を書いた記憶があります。
そのときに、矛先を向けちゃった人に気づかれたようなんですよねぇ。。
明確に口に出したことはありませんが、以後、気まずさはきっちり残り、ひとつの教訓として僕の記憶に残ったわけです。

あまりいい話でもないけれど、日記の記事を誰まで公開して、誰まで公開しないかとか、そういうフィルターを働かせられるようになると、もうちょっと自由度は違ってくるのかもしれないですね。

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