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好くも嫌うも 

好き嫌いなんて、誰にでもあるものだ。
食べ物しかり、音楽しかり、そして、人間しかり。
何もかも好き嫌いなくて、何もかも受け入れられるなんて人、まず普通には存在しないだろう。

特に、人やら事物やらの好き嫌いなんて、よくある話。
さらに特に、嫌いなものの話ってのはわりとすぐにできやすい。

たとえば、テレビでも見ながら、
「ねー、なんかあいつってビミョーじゃん?」
「あー、わかる」
「だよねー」

みたいな感じに。

けれど、こうした負の感情でものを語るのは決していいものではない気がする。
別に倫理がどうのこうの言いたいわけではなくて、ただ、単に、その話の先に「続き」がない気がするからだ。

もちろん、一部のこうした話題には、「じゃあ……」とか「そういえば……」と似たような別の話題がくっついて広がっていくこともあるだろうが、そうそうないように思う。

逆に、正の感情でものを語ったら、負の感情のときとはそれこそ逆の展開になるような気がする。
いいと思っているものに対する会話だから、「じゃあ、あれは?」とかが続いてもいいように感じてしまうからのように、僕は思う。

嫌いで話すのも、好きで話すのもどちらも自由だとは思うけど、たまには意識して好きなものを話すのはいかがだろう。
否定よりも肯定でものを話すのは、意外と慣れていないことに気づくかもしれない。

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コメント

どうも~

どうもこんにちわ^^
こんなところまで足を運んでいただいて、ありがとうございます☆

毒を吐いたり、皮肉を言ったり、というのは昔から、笑いの一ジャンルとしてはあったかとは思いますが、最近はちょっと直接的で安易になってきているのかもしれませんね。

あ。ほぼ日ファン。素晴らしいw
いずれ「ほぼ日」談義でもしてみましょう(笑)

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