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パイが増えることの光と影 

最近の友人との話題で。
mixiに自由に日記を書けなくなったという話が話題に上りました。

確かに、最近は猫も杓子もSNSといえばmixi。

おそらく高校の友人くらいまでなら、ほぼ高確率で居る気がします。
会社の人なら(SEの会社だし)、3~4人に一人くらいの割でごろごろ居たりしそう。
さらにmixiでつながろうものなら、うかつに会社の愚痴とか書けなくなったりしてしまいます(笑)。

とはいえ実際、友達だからと誰も彼もをマイミク登録してるうちに、なんとなく、ちょっと窮屈なものになってきてるのかもしれません。
友達全員が全員、何でもかんでも話せるわけではないのですから。

まぁ、すっかり有名になったし、仕方のない話なのかもしれないけれど。
ただ、それで本当は書きたいことがあっても書かなかったりするのはちょっと残念だと思います。

僕個人としてはmixiができる前から、サイトを作ったりとかしてたクチだからなのかもしれないけど、インターネットは自由にものを発信する場のように思ってきました。
そこには、ある種の「匿名性」のようなものもあったし、誰かの何かに対する愚痴があったところで、なんだかんだでフィクション的なもので見ていたような気がします。

そして、翻ってmixi。
顔の見えるネットワークを謳うだけあって、かなりはっきりと個人というものが特定できるでしょう。
ところがそれが仇になって、仮に何らかの愚痴でも発しようものなら、それが何・誰をターゲットにしたものなのかが、当事者には知らせたくないのにわかってしまうことも起こりうるわけで。
すべての話題が、よい意味ばかりでなく悪い意味でも生々しくなって見えるときもあります。

顔の見えることで、悪いことはできなくなったのかもしれないけど、誰に対しても悪口は言わない聖人君子的な面も要求されつつあるのかもしれません。

もっともそんなことを書く場ではないと言ってしまえばそれまででしょうが、だからといって口当たりのいい話題だけをさらって公開するというのも、当初あった(ような気がする)友人の新しい面を発見という面白みにややかけてしまうかなぁ、なんて思ってしまいます。

本来は自由にものを言うことを提供していたはずの場で、見るかもしれない人の顔色をうかがいながら何かを言う。
なんだか本末転倒な気がしてしまうのは僕だけなのでしょうかね。

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chronon 

chronon_start


久しぶりに脱出ゲームの攻略なぞやってみようと思います。

今回のゲームの名は「chronon」。
「GROW CUBE」とかのシリーズを作ってる作者さまのものです。

ちょっとルールが複雑なので、今回は作者さまのブログでのルール説明の記事(かなりの意訳があると思いますが)も引きつつご紹介します。


このゲームの目的は、黄色いドワーフを画面中央の檻から逃がすことです。
家の主が戻ってくるのは午後7時(19:00)。
それまでに家のモノを動かしたり組み合わせたりして檻から逃がしてあげてください。



というもの。

なのですが、今回難しい要素になってるのが「時間」という軸。
たとえば、鍋に調味料や小麦粉といった材料を適当な時間(たとえば9時)に入れました。そして、次の時間(たとえば12時)になると、その鍋に材料が入った状態になる、という仕組み。
なので、この時間という枠を気にしつつ、モノを組み合わせたり動かしたりして、脱出を図るというのがこのゲームのミソになるわけです。

そんなわけで、前置きが長くなりました。
脱出までの道のりと脱出時のスクリーンショットについては「続きを読む」でどうぞ。

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優先順位はどちら? 

久しぶりに友人とスカイプやりました。
社会人になったばかりの友と、同じ二年目なのに僕より5段階くらい上乗せして忙しそうな友と。

その過程で出た話をいろいろまとめて振り返って再構築したとき。

仕事の価値観て人によってばらばらだよね。

というのが、僕の中でまとまりました。

ま、当たり前っちゃー当たり前ですが。
特に「お金」と「仕事」をめぐる価値観はずいぶんと違うのではないかな、と。
と、いうわけで、今回はそんなこと。

社会に出てみて、この「お金」と「仕事」に対する価値観というのは、(とんでもなくざっくばらんに見ると)二つのベクトルに分かれるんじゃないかなぁ、と思います。

ひとつは、仕事の対価としてお金を得ることが大切、という価値観。
目的は「仕事」にあって、その結果として「お金」というものが手に入る。
そして、お金が多くあるというなら、自分の仕事が評価された結果だろう、というもの。

もうひとつが、お金を得ることが大切でその過程として仕事がある、という価値観。
目的は「お金」であって、(おそらくきちんと理に適ったもの・もしくは自分の納得のいくものであれば)「仕事」はずっと一緒のものでなくてもいいだろう、というもの。

実際、社会に出て働いてみると、お金というものはそんなあっという間に貯まるものではないし、まして一人暮らしなんてしようものなら、自分の思いのままになるお金なんてそんなにあるものじゃない。

そこで、「お金をいかに増やすか」って考え方が出てきたんじゃないかと思うんです。

すなわち。
たとえば、「起業してお金を増やす」パターンと「株などに投資してお金を増やす」パターンのように。

おそらく、前者が最初で言うところの「仕事→お金」の価値観的アプローチで、後者が「お金→仕事」の価値観的アプローチとでも言えばいいでしょうか。

そう思って会社で株を売っただの買っただのの話がしきりに出てくるのを聞いていると、やっぱりこれは「お金→仕事」的な考え方なんだろうなぁ、と思うのです。

で、かく言う自分はmixiやはてなの社長が何かしたって話のほうが好きです。うん。わりと起業志向かもと最近思い始めました。アイディアないけど。

「お金はご飯と一緒。多すぎても動けなくなるし、ちょうどいいくらいの量があればいい」。

……なんだか、一旗挙げてやるぜ、て凍狂に上京してきたバンドメンとダブることもないこともないけれど、ユメは持ってナンボ、諦めないでナンボだと、今はまだ思うわけです。

その向こうには何があるか 

どうも、大変ご無沙汰しております。
もしかしなくても、相当空いてしまいました。
スミマセンスミマセンスミマセン。

MOTHER3に手を出したりとか、仕事に追われていたりとか、一時的に激しくテンションが下がっていたりとか、言い訳にはわりと事欠かなかったりしますが、それはおいとくとして。

最近、自分にとってのロールモデルが身近にはいない気がするなぁ、とふと思いました。

あれがやりたい。
これがやりたい。

というのが、いくつかはあるものの。

その結果として、
ああいうのになれる。なりたい。
こういうのになれる。なりたい。

というのが、かなり不明瞭。

憧れる、というのはやっぱり動機付けの上では必要な要素のひとつなのかもしれないですね。

とりあえずは、やろうと決めたことをどうにかやりきるのみ、なんだろうなぁ。

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